陸前高田の市役所に入りました。

 

こちらでは、ずっと継続支援活動を展開しておられる方がいらしたおかげで、事前に30元中継の情報までが先方に伝わっていて、単刀直入に話ができました。

 

岸本さんがギリギリまで行動を決めずに待っておられたところに、数日前に、佐用の久保さんつながりで現地にいらっしゃる、岸本さんもずっと前からお知り合いの方とコンタクトが取れ、その後はとんとん拍子にスケジュールが決まりました。

 

このあたりの動き方も、誰と何を、いつ、どう動いていくのか。岸本理事長の動き方を、(ひそかに)じっと学んでおりました….^^(←今、ここに、皆様にも、まずはご報告)。

 

ですので、私はここから先は、岸本さんが話を進められるのを、ひたすらサポートすることに徹しました(つもり)。八百万人の話が足りないときや、総務省の制度を説明させていただくときだけ、口をはさませていただきながら。

 

そして、岸本さんがこのプロジェクトをどう進めていかれるのかをメインに、また現場の皆さん(行政マンの皆さんや、現地に入り込んで活動しておられる皆さん)が日々どんな活動をしてらっしゃるのか、ごく短い時間ではありますが、お伝えできることがあるなら記録してこよう、と考えていました。

 

ですが、この私の姿勢は、(岸本さんメイキング部分は八百万人事務局として当然としても)、後半の部分は、(昨日の岸本さんのブログではありませんが)報道カメラマンの姿勢だったかもしれないと、反省しています。

 

市役所の皆さんとのお話の中でも、被災地支援とは一見関係のない、陸前高田の良さ、といった話になったときに、「ワカメは買ったことがない」「なぜなら物々交換だから!」というお話をお聞きして、感動しました。「東京だったら年収二千万ないと食べられない食生活」と言われたこともあるそうです。

 

ぜひ、今後は、そういった情報を含めて発信いただけるようなサポートがしたい!!と感じましたが、それは、今、やっと言えることであって、市役所のみなさんは、これまではそんな余裕はなかったはずです。

 

そこに、たった1、2時間、お邪魔した私が、「あなたのその情報が貴重です」などという権利は、ないですよね(もちろん、言ったわけではありませんが、そのような考えを持っていたのは事実で、反省しています)。

 

今もおひとりは深夜までご勤務が続いておられるそうです(若いから、体力があるから、できる、頼られる、というようにお見かけしました)。ご自身も被災者で、仮設住宅に入居。

 

8畳2間の離れで悠々と暮らしておられた方が、収納スペースを含めて4.5畳1間に。足を伸ばして、静かに本を読みたい、半日でいいからホテルでのんびりしたい、とおっしゃってました。もちろん、やろうと思えば今ならできるのかもしれませんが、そんな気持ちにもならないのだろうなあ。(あるいは本当に全くお時間がないのかもしれません)。

 

でも、この日、役場に菅野美穂さんが来てたんです^^。打ち合わせスペースの隣をスーっと通って行かれました。その前には、我々と打ち合わせをしていた職員の方以外の皆さんは、記念写真を撮っておられましたので、なんだか申し訳ない気持ちになりました。何しろ私が、「ああああっ」と思ったくらいですから(笑)。顔ちっちゃくて、おキレイでした。

 

…あとからFacebookを見てたら「今年は写真が撮れなかった!打ち合わせ中だったから。去年の写真は一生の宝」と書いてあって、思わず、ほっとした私です(笑)。超有名な芸能人さんですし、それすらも気にならない、と言われちゃったらどうしようかと、ひそかに思っておりました^^(ミーハーですみません)。

 

 

行政の職員の方からも、そして仮設住宅にいらっしゃる住民の方からも、こうした自然な声が聞こえるようになるとよいですね。そこから、たくさんの知恵が生まれてくると考えます。

 

八百万人、しっかり活動しなくては、と身の引き締まる気持ちです。